夫婦とはいえ元々は他人ですから、意見が合わないこともあるでしょう。
それが回数を重ねると夫婦喧嘩になり、ゆくゆくは離婚といった事態に発展するわけですが、あとで冷静になって後悔する。
なんてことを経験した人もいるかも知れません。
夫婦喧嘩の影響が自分たちだけで済めばよいのですが、子供たちに影響することってないのでしょうか。
その点についての体験談などをご紹介します。
お互いがもっと我慢できていれば良かったのだと後悔しています。
20代で結婚をして子供も2人授かりました。しかし30代になると喧嘩が増えてきて、些細なことで言い合いになっていました。
初めはマイホームも建てているのでお互い離婚なんて考えてはいませんでしたが、家に帰って話をしているといつのまにか喧嘩になり、どちらかが出て行く事が多くなりました。
そして向こうから離婚しようと言ってきて、その時始めて後悔をしました。謝ってもう一度やり直せると思いましたが、気持ちは強く子供を連れて私が仕事中に出て行ってしまいました。
家に帰ると家具や洋服が無くなっており、もうやり直すのは無理だと思いました。離婚で一番後悔しているのは子供達と離れてしまった事です。
今までは会社から帰ってきたら当たり前のように家にいたのに、真っ暗で静かな家に帰ると毎回溜息が出て後悔しかありません。
料理も今まではあったのにコンビニで買って来たり、お惣菜を仕事帰りにスーパーで買ったりと、居なくなってありがたみがわかってきました。
もし同じ悩みで悩んでいて離婚していないのなら、自分が少し変わるだけでも家の中の雰囲気は変わるので努力してみてください。
離婚して今の状況では仕事を頑張るしかないので、楽しみを見つけて行きたいです。
(30代 男性 シングルさん)
喧嘩後に10年で離婚した私ですが、子どもたちの傷は深い。
50歳で熟年離婚をいたしました。
元夫は6歳年上で24歳で結婚いたしました。当時、年上の彼には大人を感じ、きっと頼れる人だと安心していました。
しかし、やきもちが激しく友人との外出も快く思わず事あるごとに怒られ 喧嘩ばかりしていました。
個人事業をしていた元夫との間に4人の子どもを授かりました。歳を重ねてもやきもちは治りませんでした。
友達もいなく義母や子どもの世話と仕事だけの毎日で虚しさが限界になりつつありました。
結婚15年の記念日に元夫が15本の赤いバラの花束をプレゼントしてくれました。その時に離婚を切り出しました。
いま欲しいものは花束ではない、欲しいのは束縛の無い生活でした。
今まで言えなかった色々な事をぶつけてしまいました。よく人の事縛っておいて、育児や家事、義母の世話を当たり前にやらせておいて。
手伝いを頼むと「主婦はお前だろ?お前の仕事の何倍も稼いできて養ってるのは俺だから!」と よくある嫌なセリフ。
喧嘩するたびに何度聞いたことでしょう。花束には罪はないのですが、その花束を見た時にいままでの苦労をプラマイゼロにされるの?花束を贈る彼の(やってやってる感)に絶望しました。
その時離婚は子供ども達が幼い為に彼には認めてもらえず、子供たちの成長を待つために時間をかけました。
その間も喧嘩は絶えず、怒鳴りあいや時には手を出されることもありました。
10年経ち、子どもたちが離婚を承諾してくれましたので元夫との話し合い離婚届を出すことができました。離婚後は2人の子供と暮らしています。
ある時、何気ない会話で元夫との話題になった時でした。子どもから思いもしなかった事を言われました。
結婚願望がないと。
結婚しても喧嘩ばかりするの嫌だし、結婚する意味がわからない。
お父さんの老後の面倒は見ないし会いたくない。と
離婚までの我慢した10年間、子どもたちのいる前で喧嘩したり、子どもたちに彼の悪口を言ってしまっていました。
子どもたちにとっては優しいお父さんでした。子どもたち4人ともとても愛してくれていました。私は子どもたちに絶対に言ってはいけない事を言ってしまいました。
後悔は二つあります。
修復するため時間でなければ離婚は早くしておくべきだった。子どもたちの為だと思っていたのが間違いでした。
夫婦喧嘩は二人の問題であって、子どもたち喧嘩に巻き込んでしまって父親を悪者にしてしまった。
子どもたちにはこの先も謝り続けていかなければなりません。結婚も離婚も自由にできますが、離婚は避けたいものです。
子どもがいれば尚更です。それには慎重な結婚をおすすめします。私の教訓です。
(50代 女性 ねねままさん)

